コメント総数:6912件
死刑と終身刑の両方があっても良いと思います。 死刑と無期懲役との差は大きすぎる。
わが子が…と考えるとやっぱり許せません。被害にあった方々のことを考えると、そんなに安易に反対なんて言えないです。反対にわが子がもし、そんなことをしたら(死刑に値すること)、私は一緒に死にます。
刑期を長くしたらそれだけ税金を食うってことだぞ。
反対はしない、どうせならもう少し世のためになる方法がいいのでは?
凶悪犯は増えている。ハンムラビ法典じゃ〜。ちと古いぜよ〜
目には目を、命には命を持って償うべし。身内が殺されたのに殺した人間が生きているのは許せないと思う。
冤罪という危険性はあると思いますが、 確実に犯罪を犯していることを前提に考えれば、 無くてはならない制度のような気がします。
もうただ死刑にするのではなく、医薬品候補や有害物質のヒトに対する効果を調べてから執行して欲しいです。最後に人の役に立てるかもしれないから。
更生できようができまいが死に値する罪は基本、死であがなっていただくべき。 情状酌量やらの減刑はそれからの話で、死刑制度はないと話にならんとい思う。
本当は賛成したくはないです。でも、改悛の余地がないのも居ますから。年齢も義務教育年齢以上は大人と見なさないと、立派に社会で働いている人もいるんですから。
犯罪で死刑がないと殺しは減らないとおもう
何年も刑務所に入れて税金の無駄。
冤罪の怖さもあるけど、やっぱり『目には目を』と思います。
極刑がない限り、極悪犯罪はなくならない。
世の中の多くの人は朝から晩まで必死に働いた上で納税してます。何人も人の命を奪った犯罪者をその税金で養う価値が本当にあるとは思えません。
被害者の立場に立ったとき私は加害者が生きていることが許せないと思う。
確かに、人を殺めたことに対する反省を、生きている間負い、償うことも手段の一つだと思う。ただ、それは殺めた者自身が、命を授かった者としての反省を十二分にできるときだけであって、人を殺めて自分だけ助かることを考えている、あるいはそれしか考えていない、自分を中心にしか成り立ち得ない人であれば、 くやしいけれど、人の命を奪った罪人に対して、命を残すことで罪を償わせることはできないと思う。 あと、えん罪と死刑の関係性は、40歳男性の意見に賛成。決して同一視してはいけない…のではなく、性格が違う以上、同一視できないし、死刑という刑罰の存在の有無に関係なく、「人間が過ちを犯す生き物」である以上、えん罪は無くならない。 死刑が無くなれば、えん罪がなくなるなんて、そんな理論はばかげているしあり得ない。
賛成。ただ、誰も死刑になるような罪を犯さない世の中になってほしい。が、無理か?
人の命の重さのわからない者には、いくら反省させてもダメだと思う。その食事代だけで何人の命が救えるか!
被害者のことを思えば必要。終身刑だとそれだけ税金も使われる。被害者の未来は絶たれたのに、凶悪犯は食事や寝床の心配も無く税金で養ってもらえるなんておかしい。ホームレスより安全で快適な生活をしているなんて。
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死刑と終身刑の両方があっても良いと思います。 死刑と無期懲役との差は大きすぎる。
わが子が…と考えるとやっぱり許せません。被害にあった方々のことを考えると、そんなに安易に反対なんて言えないです。反対にわが子がもし、そんなことをしたら(死刑に値すること)、私は一緒に死にます。
刑期を長くしたらそれだけ税金を食うってことだぞ。
反対はしない、どうせならもう少し世のためになる方法がいいのでは?
凶悪犯は増えている。ハンムラビ法典じゃ〜。ちと古いぜよ〜
目には目を、命には命を持って償うべし。身内が殺されたのに殺した人間が生きているのは許せないと思う。
冤罪という危険性はあると思いますが、 確実に犯罪を犯していることを前提に考えれば、 無くてはならない制度のような気がします。
もうただ死刑にするのではなく、医薬品候補や有害物質のヒトに対する効果を調べてから執行して欲しいです。最後に人の役に立てるかもしれないから。
更生できようができまいが死に値する罪は基本、死であがなっていただくべき。 情状酌量やらの減刑はそれからの話で、死刑制度はないと話にならんとい思う。
本当は賛成したくはないです。でも、改悛の余地がないのも居ますから。年齢も義務教育年齢以上は大人と見なさないと、立派に社会で働いている人もいるんですから。
犯罪で死刑がないと殺しは減らないとおもう
何年も刑務所に入れて税金の無駄。
冤罪の怖さもあるけど、やっぱり『目には目を』と思います。
極刑がない限り、極悪犯罪はなくならない。
世の中の多くの人は朝から晩まで必死に働いた上で納税してます。何人も人の命を奪った犯罪者をその税金で養う価値が本当にあるとは思えません。
被害者の立場に立ったとき私は加害者が生きていることが許せないと思う。
確かに、人を殺めたことに対する反省を、生きている間負い、償うことも手段の一つだと思う。ただ、それは殺めた者自身が、命を授かった者としての反省を十二分にできるときだけであって、人を殺めて自分だけ助かることを考えている、あるいはそれしか考えていない、自分を中心にしか成り立ち得ない人であれば、 くやしいけれど、人の命を奪った罪人に対して、命を残すことで罪を償わせることはできないと思う。 あと、えん罪と死刑の関係性は、40歳男性の意見に賛成。決して同一視してはいけない…のではなく、性格が違う以上、同一視できないし、死刑という刑罰の存在の有無に関係なく、「人間が過ちを犯す生き物」である以上、えん罪は無くならない。 死刑が無くなれば、えん罪がなくなるなんて、そんな理論はばかげているしあり得ない。
賛成。ただ、誰も死刑になるような罪を犯さない世の中になってほしい。が、無理か?
人の命の重さのわからない者には、いくら反省させてもダメだと思う。その食事代だけで何人の命が救えるか!
被害者のことを思えば必要。終身刑だとそれだけ税金も使われる。被害者の未来は絶たれたのに、凶悪犯は食事や寝床の心配も無く税金で養ってもらえるなんておかしい。ホームレスより安全で快適な生活をしているなんて。