コメント総数:625件
教師の中には、教育ではなく、憂さ晴らしで殴ったり叩いたり暴言を吐いたりするものがいると思う。
なに、この結果・・・
今の教師の体罰は30〜40発ビンタすることでしょ(^_^;)。それは完全に「暴力」であり、暴行罪に問われても文句は言えない。
体罰は相手を憎んで忘れない。相手が上手く出来なかったら自分が見本を見せてあげれば?
今回の事件は体罰を超えています。
体罰なんてやってる人は人に恨まれて苦しんで早死にすると思う。
体罰は怒るのであって決して叱っていない。確かに昔は多々見受けられたが、今は時代が違うことを大人は知るべき。
いかなる場合でも体罰は御法度
体罰と言うと免責されそうですが、中身が暴力では犯罪でしかない。
こういう結果になっては、曖昧なジャッジは無理。一切を禁ずるになるのが社会ルール。
と言っても非行に走る不良生徒を除いて。今の時代、体罰と暴力の境界線がわからなくなっているのでは?一緒だと思われても仕方がない気がする。体に罰を与える行為とは一回だけ叩くことなのか、アザなど目に見えるものができるまでやることなのか(後者は明らかに暴力、虐待でしょ)。もはや「体罰」と言う呼称に問題があるのだと思う。
罰を与えるのは裁判所のしごと
体罰=暴力 体罰で物事を教えようとする事がわからない。 昔、ビンタをくらったときなぜ叩かれたかわからずその教師を殺したろうかと思いました。勿論そんなことはしていないけど。 昔はそうしていたと言うけど時代錯誤の考え方
学校以外で暴力をふるったら、逮捕されるでしょ?
セクハラやパワハラと同じ事。要するに、体罰を行う教師が「これは教育的指導のための行為だ」と思っていたとしても、体罰を受ける生徒がただの「暴力的苦痛だ」と感じていたら意味が無い。外形的には同じ行為であっても、もし教師と生徒の間に深い信頼関係が存在していない場合は、例え教育のためであろうと体罰を行うことは許されない
子供を叱る時に、愛情を持った叱り方であっても、分からない子供もいると思います。その時には、許されるかも?と、思いますが、でも、どの範囲までがと思うと、許される事ではないのではと...。
他人のお子さんの身体に罰を与えるって、どんだけの理由がありますか?
軍隊の教育ならしゴキだろうが、体罰だろうが必要と思えばやるべき。本人のみならず全体の命がかかっているから。学校の教育の場では体罰の意味が刑罰と混同するするようなことは厳禁。学校の体育が勝利至上主義になっているとすれば、そのような活動はおかどちがい。即刻活動そのものをやめるべき。戦後間もないころからの文部省の教育方針のありかたも制度疲労を起こしている。また、意味のない、害の多い教育委員会は即刻廃止すべき。
いまどき、他人の子供に暴力だなんて・・・
体罰を肉体に限定して、個人的に、殴る蹴るとかの直接的行為だけで、人が言う事を聞くようになるとは思えないんだよね。本人自身が反省しないと同じ事を繰り返す。「手を出させるほど相手を傷つけた、信頼を裏切った、心配させた」って事に気付かないと。普段愛情を感じてないとそれって無理でしょ?でも、そういう関係性なら、言葉を賭して何故分からせることが出来ないのかって思っちゃうんだよね。
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教師の中には、教育ではなく、憂さ晴らしで殴ったり叩いたり暴言を吐いたりするものがいると思う。
なに、この結果・・・
今の教師の体罰は30〜40発ビンタすることでしょ(^_^;)。それは完全に「暴力」であり、暴行罪に問われても文句は言えない。
体罰は相手を憎んで忘れない。相手が上手く出来なかったら自分が見本を見せてあげれば?
今回の事件は体罰を超えています。
体罰なんてやってる人は人に恨まれて苦しんで早死にすると思う。
体罰は怒るのであって決して叱っていない。確かに昔は多々見受けられたが、今は時代が違うことを大人は知るべき。
いかなる場合でも体罰は御法度
体罰と言うと免責されそうですが、中身が暴力では犯罪でしかない。
こういう結果になっては、曖昧なジャッジは無理。一切を禁ずるになるのが社会ルール。
と言っても非行に走る不良生徒を除いて。今の時代、体罰と暴力の境界線がわからなくなっているのでは?一緒だと思われても仕方がない気がする。体に罰を与える行為とは一回だけ叩くことなのか、アザなど目に見えるものができるまでやることなのか(後者は明らかに暴力、虐待でしょ)。もはや「体罰」と言う呼称に問題があるのだと思う。
罰を与えるのは裁判所のしごと
体罰=暴力 体罰で物事を教えようとする事がわからない。 昔、ビンタをくらったときなぜ叩かれたかわからずその教師を殺したろうかと思いました。勿論そんなことはしていないけど。 昔はそうしていたと言うけど時代錯誤の考え方
学校以外で暴力をふるったら、逮捕されるでしょ?
セクハラやパワハラと同じ事。要するに、体罰を行う教師が「これは教育的指導のための行為だ」と思っていたとしても、体罰を受ける生徒がただの「暴力的苦痛だ」と感じていたら意味が無い。外形的には同じ行為であっても、もし教師と生徒の間に深い信頼関係が存在していない場合は、例え教育のためであろうと体罰を行うことは許されない
子供を叱る時に、愛情を持った叱り方であっても、分からない子供もいると思います。その時には、許されるかも?と、思いますが、でも、どの範囲までがと思うと、許される事ではないのではと...。
他人のお子さんの身体に罰を与えるって、どんだけの理由がありますか?
軍隊の教育ならしゴキだろうが、体罰だろうが必要と思えばやるべき。本人のみならず全体の命がかかっているから。学校の教育の場では体罰の意味が刑罰と混同するするようなことは厳禁。学校の体育が勝利至上主義になっているとすれば、そのような活動はおかどちがい。即刻活動そのものをやめるべき。戦後間もないころからの文部省の教育方針のありかたも制度疲労を起こしている。また、意味のない、害の多い教育委員会は即刻廃止すべき。
いまどき、他人の子供に暴力だなんて・・・
体罰を肉体に限定して、個人的に、殴る蹴るとかの直接的行為だけで、人が言う事を聞くようになるとは思えないんだよね。本人自身が反省しないと同じ事を繰り返す。「手を出させるほど相手を傷つけた、信頼を裏切った、心配させた」って事に気付かないと。普段愛情を感じてないとそれって無理でしょ?でも、そういう関係性なら、言葉を賭して何故分からせることが出来ないのかって思っちゃうんだよね。